父の借金で母が保証人になり家族が借金返済に巻き込まれました。

枯れ葉

保証人はなってはいけない!

私の父は自営業を営んでいました。家族は私と母の3人家族で、父の店は私が小さい頃は結構繁盛していて生活も裕福な方だったと思います。

父も母もこつこつ生活するのが苦手な人で、見栄っ張りの部分もあったため、お金が入った分だけ贅沢な暮らしを続けていました。

毎月かなりの売り上げがあるにもかかわらず、父と母は浪費でお金を残すことが出来ず、結局生活費や仕入代などが不足し、足りない分は金融公庫から定期的に借入を行っていました。

その当時は今と違い、総量規制などもなかったため、専業主婦の母を保証人にするだけで簡単にお金が借りられたようです。

後でわかったことですが父が借入したほとんどの保証人は母の名前になっていました。金融公庫の他にも銀行のカードローンも借り入れていました。

繁盛は長くは続かない?

父も若いうちはそれでも自転車操業状態でも何とか成り立っていたのですが、時代の流れと共に、パソコンなどコンピューターが普及してくると、父の商売にも大きなダメージがありました。

取引を行っていた役所や、会社もパソコンが普及し、父の所に仕事が回ってこなくなりました。売り上げはどんどん落ちていき借金の返済も苦しくなっていきました。

いくら商売がうまく行かなくなっても、生活の水準を下げることはなく、足りない分は借入を繰り返していました。負債はどんどん大きくなって、やがて返済にも困るようになり、問屋さんに支払うお金も内金として少し入れる状態が続きました。

そんな事がいつまでも続けていられる訳もなく、やがて問屋さんから全額返済を迫られどうにもならなくなり、ひとり娘の私に泣きついてきました。突然何百万のお金を一括でどうにかしてくれと言われてもどうにもなりません。すでに父は自分で借入をすることも出来ない状態でした。

時代も変わり専業主婦の母など保証人になることも、お金を借入することも出来ない時代に変わっていました。父の借金を私が知った時には、店はつぶれる寸前で、父は糖尿病も悪化し仕事も続けられない状態にもなっていました。

年金も早くもらう手続きをしていたため、満額受け取っている訳ではなく、借金の他に生活費まで一銭もない状態でした。贅沢をして生活を返り見なかったつけがいっぺんにまわってきたような状態でした。

店を辞めて働きに出ると言っても68才になっており、糖尿病で仕事を続けられる状態ではなく、母もずっと専業主婦だったので、自分でお金を稼ぐことを知りません。大人なのに子供のような両親の大きなつけが一人っ子の私にすべてかぶさってきました。

主人と二人でこつこつ貯めた貯金で問屋の借金を払い、私がパートに出て父の借りた金融公庫の借金分やカードローン、生活も助けてきました。父と母の甘い考えで私と大切な私の家族が何年も大変な目にあわされました。

父は今年82才でこの世を去りました。借金をするのはとても簡単な事ですが借金返済には何年もかかります。お金の問題は家族をバラバラにしたり、憎しみが起こったりもします。自分が苦労した分自分の子供には決して迷惑をかけてはいけないとつくづく感じています。